ネットワーキング・プロジェクト「パジャマオペラ」

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パジャマオペラ、ライブストリーミングの様子。ここでは、設定(作曲)されたルール上で、即興演奏をおこなっている



ひさしぶりになりました。その間に、自粛期間とかあってですね、その期間のことを書こうかな、と。

最近は、ドイツ、ハンブルクの音楽家を中心に行われている、ネットワーキング・プロジェクト「パジャマオペラ」に参加して、もっぱらそこを軸に活動しています。急になんでハンブルクか、というのは、雑記などで後で記すとして。まずは、このプロジェクトを紹介してみましょう。

 

1 コロナ下のオープンソースとネットワーキング

この「パジャマオペラ」は、最近はじまったものです。最初の会合が3月下旬なので、準備はその少し前、3月中旬頃からはじまりました。背景は、もちろん自粛です。ドイツも3月から自粛期間にはいっていて、音楽家も誰もが家にいなければならなかった。そこで、始めたものですね。

特徴は、2点あります。一つは、オープンソース。つまり、このプロジェクトに関係する資料は、すべてネット上のファイルにアップされ、共有され、また誰もがアクセスできるように公開されています。たとえば、会合やパフォーマンスの映像や動画です。また、作曲家が多く参加していて、新作を寄せている場合はその楽譜やテキスト、グラフィカルスコア。あと、映像や音の断片などのファイルも、このプロジェクト内で加工やリミックスをする場合は、やはりファイル上で共有・公開されています。

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パジャマオペラの様子。共有した作品を、プログラムを組んだ上で上演していきます。

2点目は、ネットワーキング・プロジェクトであること。つまりリモートですね。遠隔で、インターネットをつうじて、リアルタイムのパフォーマンスをしたり、映像の放送をしたり。また、共有ファイルを使って、相互に編集加工して新作をつくることもあります。いずれにしても、自粛で家にいなければならない中で、遠隔作業で作品を作っていくことものになります。

こうした2点の特徴は、いうまでもなく、オンラインでのプロジェクトを進めていくさいの、ある種のルールとして設定されています。オープンソースというのも、まあ一般的な用語ですよね。ちなみにこのプロジェクトは、誰でも参加が可能で、新作を寄せることもできますし、パフォーマンスに参加することもできます。全体はスカイプのグループ内で運営されていて、主にそこで議論やプログラムが決められています。

誰もが参加でき、オンラインで交流できる。そうした、コロナ自粛下での創作活動のプロジェクトとして、「パジャマオペラ」は行われているわけです。

(↓寄せられたグラフィカルスコアを使って演奏された時の録音)

 

2 自粛とオペラ

ちなみに、細かいルールはほかにも幾つかあって。一つは、オンラインでのパフォーマンスの時は「パジャマ」ないし部屋着であること。自粛なので、まあしょうがない。タイトルもここから来ています。

あと、基本的に一つの作品は、1分間のものであるとしていて。寄せられた1分間の作品群を、オンライン上で一気にパフォーマンスしていく、という構成がとられます。とはいえ、次第に長い作品も出てきて、最近は集団での演奏なども出てきたので、これは必ずしも守られていません。まあ枠組みですね。

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プロジェクト主宰の一人、ドン・ゾーさん。ハンブルク在住の作曲家で、ヴァイオリン奏者でもあります

また、この全体を運営しているのは二人います。一人は、映画音楽などで活躍している、ティース・ミュンツァーさん。かなりロック寄りというか、ノイバウテン的な音楽性と世界観を持っていて、短い映像ながら、歌詞付きのMVなどをたちまち制作していまいます。このプロジェクトと並行で、ズームを使った集団即興パフォーマンスも現在やっています。

もう一人は、ハンブルクの作曲家のドン・ゾーさん。上海出身で、電子音楽とメディアパフォーマンスを用いた演劇・オペラ型の作品を制作・作曲しています。技術面ではミュンツァーさんが、内容面ではドン・ゾーさんがメインでこのプロジェクトは進んでいます。

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映画音楽などで活躍しているミュンツァーさん。他にも現在3つほどのオンラインプロジェクトを進めています。

なので、この二人の個性もあるのでしょうが、全体としてストーリーがあったり、ややハードめな表現を持つパフォーマンスになっていく傾向があります。ピアノからヴァイオリン、電子楽器までを操るドン・ゾーさんによる作品群の演奏なども、そうですね。そのあたりは、なかなか面白いです。

 

 

3 ハンブルク・現代音楽とその外

この二人を中心に、ハンブルクにいる胡弓奏者のウェンディ、カールスルーエZKMを経由してジャーナリストをしているフレンツ、微分音演奏を得意にするシーシャンなど、いろいろな参加者がいます。

ちなみに、このほとんどが、いわゆる現代音楽のコミュニティの人たちです。とくに、ハンブルクには「ハンブルク音楽演劇大学」という国立の大学があり、そこでのネットワークですね。リゲティが教鞭をとっていたことでも有名なところで、演劇と音楽と、両方を専門としているようです。とはいえ、関係者といっても世界中にいますし、また随時、各地から参加者が飛び込んできます。

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通称ジョゼッペが寄せたヴァイオリンのための作品「ヒステリア」。ドンゾーさんが演奏しました

ですので、寄せられる作品も、いわゆる五線譜のものから、テキスト・スコアや図形楽譜、映像楽譜など、20世紀に開発されたものが多数あります。パフォーマンスの内容も、ふつうに楽器を弾くものだけでなく、発話や仕草・身振り、アクションの指定、また食べたり飲んだりする行為なども含まれています。まさに現代音楽の現場の一端をかいま見るようなところですね。

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画家のアネット・ステンツェルが数年かけて制作中の作品「メモリー・マシーン」を、図形楽譜として寄せました。これは現在、複数人で継続的に音楽として演奏中

一方で、こうしたリモート演奏・パフォーマンスは、現代音楽の範疇では「ネットワーキング・ミュージック」というものの中に分類されていて、ソフトやアプリについての情報共有も、コミュニティ内では盛んです。しばしばスカイプやズームが強調されていますが、音だけのリモート演奏ならsoundjackが有用であるという話も、ここから聞きました。

一方で、即興演奏も行われています。特に、たんに音を共有するだけでなく、映像として互いを見ながら演奏するタイプのものですね。この辺りはなかなか試行錯誤していて、私も少し作品を寄せています。ハンブルクでは即興のシーンもあるそうで、また、主宰の二人もそうしたアカデミーの外にあるシーンにも積極的な関心を寄せています。作品の多彩さは、それにもよるところが大きいようです。

(ノイズにも寛容で、電子音楽などとの関連から理解も進んでいます。これは私も参加したノイズと器楽の作品)

 

 結びに ーオンラインのなかの楽譜

はい、こんな感じですね。今も、このように展開しています。むしろどんどんと色々な作品が増えてきて、なかなか面白いなと思います。自粛期間中、音楽家や作曲家たちの創作意欲がふくらんで、広がっていくようでもありますね。

それで、こうした広がりについて、このプロジェクトで重要だなと思うのは、その多彩さもさりながら、重要なのは最初にふれた「オープンソース」という点だと思います。つまり、その内容の広がりとして器楽演奏から電子楽器、図形楽譜、テキスト、即興、ノイズといったこともありますが、それらの自由な積みかさなりを可能にしているのは、オープンソース。つまり楽譜をアップロードして、いつでもアクセスできるようにする、ということです。現在、こうしたリモートによるプロジェクトはたくさんありますが、同時にオープンソースを掲げたものは、あまりないように思います。

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5月15日に行われたリモート公演での様子。ここではドンゾーさんが、これまでに蓄積された作品群を組み合わせた「ソロ・リミックス」を演奏した。

また、その時に、楽譜というものの重要性を、あらためて知ることになります。楽譜というのは、たとえ五線譜でなくとも、その中に作品の情報が集約されていて。それを読めばいつでも再演することができますし、また、アップされている楽譜群を見ればこのプロジェクト自体の性格というか、結構あれこれやろうとしているということも、パッとわかるでしょう。それに、多少の時間がかかっても、それらの楽譜をやってみようという人がのんびりと実行したりします。

わかりやすい比喩を使うと、このオープンソースの楽譜群は、まるでオンラインの海のなかの浮き島のようです。オンライン=インターネットは、様々な情報がいつも飛び交い、あちこちに飛んでいくような場所ですが、この楽譜群があるファイルは、その中で自己同一性を保たせたり、またそこに戻ってこれる(運が良ければお宝があるかもしれない)島のようなものではないでしょうか。そこがあるので、ふらっとやってきた人が思いついたように、また作品を置いていく。参加者全員がそれぞれ自身のコミュニティでの活動を持っていますが、この浮き島があれば、また戻ってくることができます。

これは、ちょっと奇妙な経験です。21世紀、デジタル時代で、楽譜の重要性に出会うということです。もちろん、かつてのような五線譜ではないかもしれません。けれど、そこに詰め込められた情報は、あらためてオンラインの海の中で、作品として演奏されることで解き放たれていくようです。もしかすれば、そのプロセスこそが「パジャマオペラ」のすべてなのかもしれません。

 

 

そんなことを、少し考えました。もちろんリモート演奏の面白さや、技術上の問題をどう取り込むかとか、そういうことを考えていくだけでも、十分に面白いですね。まだまだ途中経過ですので、随時更新していきたいと思います。