日常はゆっくりと動きを止めようとしていた:2020年3月4月の音楽の話

 

 

いま思うと、いつも空ばかり見ていた。

といっても、感傷的な心象ではない。具体的に、煙草を吸うために窓を開けて煙をふかしながら、ベランダ越しに見える空を見る時間が多くなったということだ。2020年3月と4月の風景は、そうして見た空ばかりだった。

 

日常はゆっくりと動きを止めようとしていた。最初の自粛期間で、道を歩く人の数は次第に減った。道行く人の会話も聞こえなくなったし、夜も静かだった。

道だけではなく、自分の日常も固まっていくようだった。大半は自室でパソコンに向き合って過ごし、ごくたまに外出しては散歩をして近所の喫茶店に行く程度となった。インターネットで世界を覗き、世界の人とつながったが、それはそれまでの日常とは違うものだった。

 

それまでの日常は、喧騒と多忙で流れていくものだった。

日々の仕事に追われ、空いた時間には喫茶店で一服しながら、音楽や美術の議論や評論を読んだり、作家とのやり取りをしたりしてリフレッシュするのが常だった。週末にはコンサートなどに行くというのが習慣だったし、時間が作れないときは、それでもCDや音源を買って、もう少し空いた時間があれば自分でもノイズを作り、海外のレーベルに送ったり、ささやかだけれども世界中のネットワークの中でのコラボレーションや交流を楽しんでいた。

少し長い休暇が取れれば、台北に旅行して、新進のメディアアーティストたちと会って話をするのが楽しみだった。夏、冬、春と、連続して訪れて、台北にもようやく慣れてきたというところだった。それは喧騒の中を走り抜けるような感覚で、それなりに楽しい日常であったように思う。

 

それらのすべてが、ゆっくりと動きを止めた。コンサートは中止になったし、CDを買いに行く機会も失われた。海外との旅行はできなくなった。仕事はオンラインになったが、ネットを見ればコロナの話ばかりになって、緊張感が増していた。

何より喫茶店も一時休業となり、一服する場所もなくなって、窓を開けて空を見ながら煙草を吸うばかりの時間が増えることになったのだ。

 

そうして、舞台はインターネットに移った。ドイツの現代音楽グループに踏み入れたのは嬉しかったが、今度は自分の手元が空白になったような感じがしたのが、大きな問題だった。日々、流れてくる欧米の膨大な死者の情報を前に、それまで作っていたような破壊的なイメージを持つノイズは、馴染みがないもののように感ぜられてきた。1秒に音を30も50も詰め込んで、あてのないカタルシスの連続するような音の構想は、現実を前に、無力というより、ただ現実の写し鏡のように思えてきた。現実と少しずれたところに何かを生み出すべきだと考える向きには、要は手元の音楽が想像力を失ったように感じられてきたのだった。

手がかりを探しても、有名そうな思想家たちは、コロナの話だけをしていて、コロナの中の人間の話や、コロナの中のアートの話はしていないように見えた。空疎な掛け声は、社会生活には有用でも、音楽を作るのには何の役にも立たない。関心のあった即興演奏も、物理的な反応に焦点を当てていた傾向のものはどれも活動がストップしていた。また、多くの音楽家が、沈黙したり、コロナの話ばかりをするようになった。

 

アートや音楽は不急不要か、という議論があった。けれど、何かを作る側に立てば、そのような問いは意味をなさない。日々、何かを作るのであって、そのためのアイデアを探しているばかりにあって、必要かどうかはどうでも良いことだ。端的に、その問いはイエスかノーかで悩むジレンマをテーマにするだけで、退屈なもののように思われた。「どのようなものが」「どのように」製作されるべきか、が真の問いであったはずだった。

実際に、北京のアーティストたちを中心に、ネットでの中継が始まっていた。今では当たり前のようだが、ズームなどのソフトを使って生中継するということ自体が驚きだった。それに、彼らは新作を作り続けていた。どのようなものが、どのように、という問いへの答えの実践は、そういうことだと思われた。

 

さて、と一人で、煙草をふかして考える必要があった。驚くほどに手元のものは白紙になっていた。見るものは、空ばかりだ。

その空に、一本の線を引いてみることを考えた。線は、抽象的でもいい。携帯電話の電波が走るような、インターネットのネットワークが横断していくような、そうした軌道を考えた。ふとイタリアの哲学者マッシモ・カッチャーリが、ベンヤミンの天使などを論じる中で出していた「天使都市」の概念を思い出した。それは必ずしも良い状態を示す概念ではなくて、現代のテレコミュニケーション社会を批判的にとらえるもので、つまりは我々は技術の力で天使のように(天使同士はテレパシーで意思疎通を行うのだが)ふるまおうとしているが、我々はけっきょく肉体を持っているので、現実の貧困さが露出してくるというような、ある種のディストピア的な話だったと思う。けれど、それは今や、なんと日常のリアリティを指し示しているのだろうと思われた、このリモート会議や通信技術の中で、私たちを苦しめているのは、まさに身体の問題(疫病)なのだ。哀れに取り残された身体たちよ。

我々は天使にはなれないが、天使のようになろうとしている。この日常の、天使になり損なっている我々の交信を、空を走る線のように考えることはできないだろうか。それは清く美しいものではないかもしれない、ひび割れ、甲高く、壊れ、それでも中空を進んでいく、そうした力なく途切れそうなノイズであるかもしれない。

 

荒唐無稽な考えかどうかはわからない。が、白紙状態の時はそんなものであると何かの本で読んだ。白紙は空に変わり、そこに線を引く。ただそれだけのことだ。

持続する音をつなげてみることを考え始めて、作ったデモを送ったコラボ先の作曲家ドンゾーさんにこのアイデアは即座に了解された。そうして一つの作品である「Tele-Path」は作られた。