遅延する世界でゲームをする:自作解説

唐突ですが、『マトリックス』という映画はご存知でしょうか。たぶんご存知だと思いますが、主人公たちが仮想空間の中に入り込んで戦ったり生き返ったりする映画でした。3部作ですね。

その中で、印象的なシーンはどこか、というと、アクションシーンだと思います。とりわけ有名なのは、主人公が覚醒して、異様に高速な動きが可能になった時。遅れていく弾丸の軌跡が見えるシーンがよく知られていると思います。あるいは個人的には続編でのカーチェイスで、車がひしゃげたあと、時間差でそれが現象として反映されていくようなシーンですね。これらは、あるアクションが、仮想空間内での処理時間を経過することで、少し遅れて反映されていくような感触を見事に表していたと思います。

 

ところで、このコロナ自粛期間中、いくつか、遠隔における演奏の作曲を試みました。作曲で、手法として即興が取られています(指示として、各演奏者は即興する、ということになっています)。で、これまで考えてみたかったことをいくつか実際に作ってみるという体験をしたわけですが、だんだんと集団即興の試みや、指揮などを考えていくことになりました。その時、新しい問題として出てきたのは、上に書いたような処理における遅延(レイテンシー)の問題です。

遠隔で即興なり、集団の演奏を考える時、どうしても立ちはだかるのが、この遅延でした。遠隔が通信として行われている以上、それが距離を移動する際に(つまり地球上を移動してくる際に)実際に顔をつき合わせているよりもほんのわずか、遅れが生じます。たとえコンマ3秒であっても、「あ」とか「い」とか、あるいはドラムの一打を叩くのにも十分であって、つまりズレが生じるんですね。それが、お互いに生じていきます。

なので、それはまるでマトリックスのそれのように、あるいはもっと緩慢な、遅延する時間の中でのゲームのようになっていく可能性があります。その中で、何ができるのか。そうした問題が、次第に問題意識として浮かび上がってきました。

以下は、そのような問題も含めて、作ったいくつかの作品です。

 

1 天使を探して

これは、一番最初に作ったものです。天使がテーマなのは、特に意識はしていませんでした。この時点ではソロ作品ということで、レイテンシーは問題になっていません。

見ての通り、微分音の声での即興について、数秒おきに、視点を変えてやってください、という指示の作品です。見るということ(アイコンタクトを含めて、互いに見るという行為がしばしば見られます)が即興演奏においては実は大きな意味を占めているというのが以前から気になっていて、そこを逆手にとって着想しました。これは、実際に演奏してもらったことがあって、よく機能したというか、おそらく想像されるより遥かに高難度の作品だろうと思いますし、視線を変えると自然と音も切れたりして、自動的にカットアップ傾向になったり、そこをひねったりなど、色々なことが起こって面白かったです

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2 ネットの中のエウリデュケー

これは、2番目に作ったものですね。ここでも「見る」という行為を逆手に取ろうとしていて。しかしここでは観客が「見る」ということを問題にしたものです。エウリデュケーは、ご存知のように吟遊詩人オルフェウスの妻で、冥界で「振り返ってはならない」という命令のもと、夫が連れ帰ろうとする話があります。ここでは、それにならって、真っ暗闇の室内で演奏することを求めています。

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3 レイテンシー・ピース

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この辺りから、遅れを問題にし始めました。着想としては単純で、時間の遅れがあるなら、それを取り込んだ作品にすればいい、ということになっています。これを考えると、念頭にあったのは、ジョン・ゾーンがやっていたゲームピースで、いくつかの指示を与えるカードを用いて、即興をコントロールしていくというような作品群でした。ただしここでは時間が遅れている。遅れている世界の中で、ゲームをどうやって成立させるかという、そんなルール作りを考えていくことになりました。

ここでのとりあえずの解としては、持続音あるいはいわゆるドローンですね。最初と最後の時間を決め、全員が持続音でやっていく。遅れて相手の音も聞こえ始めるだろうから、それと和音を作ったりして、取り組んでいくという試みです。これは3人の演奏者で実際にやったことがあり、互いの演奏が響きあったり、フィードバックがあったりして、それなりに機能して面白かったです。もちろんレイテンシーの感触もあって、10秒近く遅れて音が延々と流れるといった事態もあり。なかなか奥が深いですね。

 

4 3人の指揮者と1人のパーカッショニストのための

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ここでは、レイテンシー・ピースから、さらに発展させて、コンダクション(即興の指揮のこと)に取り組んだものです。ただし、通常の指揮では、遅れてしまうので合奏が困難であることが想像されました。そこで、ここでは反転させて、指揮者を複数たてることとし、一人の演奏者がそれらを受け取って演奏していく、という形にしてあります。指揮者の合図は、ただ指をふることで、受ける演奏者は3つの打楽器を使って、それぞれの合図を反映させていきます。これも試しましたが、大変にうまく機能していて。全員の時間が遅れているわけですが、その中で3人と1人が入り乱れる、独特の時空間を体験しました。再演も希望中です。

 

5 オリンポスでDJをすること

これは、遠隔で、離れた場所にいる人が、一緒にDJをするという作品です。仕組みは、ソフトの画面共有をつかって行い、ユーチューブなどのページを複数、タブで開いておいて、それらを互いに操作する、というだけです。画面共有で操作が可能な人数は、ソフトでそれぞれ異なるので、それ次第ですね。これはまだ試していませんが、フォーマットがうまく調整できれば、なかなか面白いのではないかと思います。

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4+ レイテンシー・ピースのためのノート

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最後に。レイテンシーピースを試した後の、感想と反省です。演奏形態について、実際の会場で演奏しながら、そのバックにリモートでの即興を行う、というプランが書いてあります。これは、現在、旧グッゲンハイム邸で行われている演奏の形態に近く、そちらもなかなか説得性があると感じました。その下にあるのは、電子音が遠隔では非常によく響くので、それをメインにした作曲構成をメモしています。