Kaoru Abe No Future at l-e

 

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11月8日金曜日、l-eにて、Kaoru Abe No Futureというバンドを見に行きました。北京から、ベースがザオ・コン(Zhao Cong)、ギターとドラムとボイスがズー・ウェンボー( Zhu Wenbo)、ギターとボーカルがリウリウ( Liuliu)の3人組です。

とはいえ、このうちの二人コンとウェンボーとは、すでにフェイスブック上で知己でしたし、また、ひっそりとではありますが、実験音楽のシーンでは少しずつ名前の知られた二人です。少しメモしておきましょう。

 

二人は、現在の中国で、数少ない実験音楽を担っている二人です。中国とくに北京ではヤンジュンの活動が知られていますが、さらに次の世代として、レーベル「ズーミン・ナイト(Zoomin' Night)」を運営していて、それに沿ったコンサートも多く企画しています。中国では、ノイズのシーンは上海を中心にあることが知られていますが、いわゆる即興や実験音楽の方向はほとんどなく、非常に希少な活動で、またそこからどういうものが出てくるか注目を集めています。リンクは下にまとめておきます。

 

ザオ・コンとズー・ウェンボーは、日本にも何回も来ていて、フタリでコンサートもしています。はじめて見たのは去年でしたでしょうか、ザオコンの即興演奏の会で、金属製のボウルに、モーターで動く球をいくつか入れ、音をマイクで拡張する低音重視の演奏をしていました。

次は、去年の6月。二人で来日して、その時はウェンボーの作曲作品が演奏されました。「ノイズ・ミュージック」というタイトルだったと記憶しますが、アンサンブルでのランダムな音の出入りが織り成していく作品で、コンセプトが明瞭な一方、音がかなり雑(弱音で統一したりはしていない)という印象があり、面白く思った記憶があります。

で、それをフェイスブックに投稿したら、なんとなく連絡を取るようになりました。レーベルから出る新作も、随時チェックするようになり(現代音楽のギタリストであるクリスティアン・アルベールの録音集は、非常に洗練された美しさと、息の長い響きの持続で、傑作と思います)、コンサートの動画なども興味を持って見るようになったわけです。

 

vimeo.com

 

そんなところに、今回、「カオル・アベ・ノー・フューチャー」というバンドでやってくると聴き、けっこう驚きました。まずその名前。次に、そのページがあって音を聞くや、狂ったチューニングやフレーズを壊して演奏し、不安定にがなる声が交ざっていて、まるでアート・リンゼイのいたD.N.A.で、一瞬ひどく混乱し、それから大変感動しました。

D.N.A.は、1970年代末に出てきたバンドの一つで、『ノー・ニューヨーク』というコンピレーション冒頭に収録されていることで知られていると思います。一番目立つのはリンゼイの、チューニングせずに、ただ弦をかきむしっているだけ(全くギターを演奏できなかったとも言われているはずです)のエレキギターで、頭をかきむしられているような混乱した刺激が特徴。さらに調子のはずれた声で詩を読みあげ、そこにひどくタイトなモリ・イクエのドラミングと、過度にグルーヴ感のあるティム・ライトのベースが組み合わさって、初めて聞くと意味不明が過剰で、しかし、ひたすら反抗的できらめくアート・ロックというのが印象付けられると思います。

D.N.A.のライブ映像

https://youtu.be/IKOhni-j9_M

 

彼らの音は、まさにそのD.N.A.の音を思い出させました。しかも、安定したコンのベースは、どちらかというとソニック・ユースのキムゴードンを思わせ、ありていにいうと「キムゴードンが入っているD.N.A.」という印象だったわけです。

いろいろ感想はあるでしょうけれども、やはり音楽で、特にマイナーな音楽では、なんらかの刺激や反抗的な意思のある音楽も必要と思っているところがあり、大変に気に入ってしまいました。単調なフレーズが反復され(それが壊されながら重なって、独特のグルーヴが生まれている)ているのですが、印象的なものは覚えてしまうほどでした。

おまけに、探して行ったら動画もあり。これは彼らのコンサートのMIJIというシリーズも含むアカウントですが(とにかく再生回数が少ないので、多くの人がチェックしてみることをお勧めします)、どうもゲーテ・インスティチュート北京でやったようです。内容は、音源とほぼ同じで、「本当にやっているんだ・・・」と驚きました。絶賛する投稿をフェイスブックにしたら、返事が返ってきて、(じゃあ行こうかな)と思ったわけです。

 

* 

長い前振りでしたが、すでに言いたいことは、ここまでで書き尽くしているようにも思います。実際に目撃しましたが、まさにD.N.A.、ノー・ウェイブの世界が目の前で繰り広げられました。あっけに取られ、圧倒され、楽しくサウンドを体験しました。見ながら、途中、どうしてこれが日本(東京)ではなく北京から出てきたのか、とか余計なことも考えましたが、紛れもなくパンクで、かつノーウェイブです。急にマイクやアンプを切って弱音で演奏したり、ドラムを口で吹いて振動させたり、まれに実験音楽の手法が使われていましたが、どれもパンキッシュな音楽のために使われていた風情でした。ウェンボーが「music is plastic bag」と叫んで連呼している曲もあり、音楽そのものを批判する姿勢が、ますますパンキッシュです。

 

すっかり感動して、終わったあとに、ウェンボーとコンと話をしました。D.N.A.だなというと、二人ともわかっています。彼らは深くロックマニアでした。今年から始めたプロジェクトで、とウェンボーは言っていました。俺はギターはうまくないけど、技術に焦点を当てたバンドではなくて、コンセプトは結構明快なんだ、と言っていて、まさしく。コンに聞くと、昔もバンドをやっていたとのこと。安定したベースは納得です。名前は、最初のリハの時、歌詞の代わりに適当に本からフレーズを持ってきたら阿部薫の話で、そのままバンド名にしてしまったと言っていました。大変素晴らしかったです。

 

==リンク

Zoomin'Nightレーベル。代表作は、中国の実験音楽を集めたコンピのこちらでしょうか

zoominnight.bandcamp.com

 

チリのギタリスト、クリスティアン・アルベールの録音集

zoominnight.bandcamp.com

 

作曲作品も出ています

meenna.bandcamp.com

 

以前にやっていたバンド、Not in catalog

notincatalog.bandcamp.com

 

Kaoru Abe No Futureのページ

https://site.douban.com/kaoruabenofuture/

 

 

旅行記

さて長くつづきましたが、最後に備忘録的に、旅行記もしたためておこうと思います。

まず、これまでの記事を時系列に並べておきます。

初日(噪集初日)

https://ohwaku.hatenablog.com/entry/2019/09/06/125233

https://ohwaku.hatenablog.com/entry/2019/09/07/102348

二日目(噪集二日目)

https://ohwaku.hatenablog.com/entry/2019/09/08/103839

三日目(即興表演ノ夜)

https://ohwaku.hatenablog.com/entry/2019/09/02/201153

四日目(ディノの家)

https://ohwaku.hatenablog.com/entry/2019/09/04/120439

 

 

今回は、8月28日から9月1日まで、4泊5日で台北に行ってきました。

ことの始まりは、すでにながらくやり取りしているlolololのシェリルさん(シェリル・チャン)とシャ・リンと、5月あたりには、夏にまた行こうかなとか言っていたと思います。そのあと、シェリルさんはAMFで7月に東京にも来たので(成功を収めたようで何よりでした)、そのときほんの少しだけ話をして、8月に台北で身体ワークショップがあるかも、ということも聞きました。この話は結局、未完成ぽいのでまたにしようとか、その間にシェリルさんが欧州のイベントに行くことになってあっという間に行ってしまうとか、なんだか色々あって、けっきょく今回はシェリルさんには会わずじまいでしたが、そのあたりから行く予定が念頭にありました。

ちなみに、何度も出てきたシーザーとシェリルさんは知り合いで、一緒に演奏もしたことがあり。8月の下旬、もう台北を発ってしまうシーザーと、台湾での二人での最後の録音をあのディノの家でやってから、シェリルさんはベルリンへ旅立ちました。今まだ欧州遠征中ですね。

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8月中旬、ADAMでのシェリル・チャンによる集団パフォーマンス

 

並行して、花崎さんから、前回のパフォーマンス・ナイトの映像を送ってもらったことがありました。そこではディノとシーザー、それに香港からナーヴという電子音楽家、さらにダンサーとパフォーマーもくわわった、一時間ぶっ通しの即興パフォーマンスで、しょうじき度肝を抜かれました。シーザーのギターの面白さもそこでわかりましたし、またこの時はじめて花崎さんが卓越した身体表現を持つアーティストであることを知りました。その旨などをお伝えすると、8月下旬にまた次のをやる予定で、大友さんも来るというのを聞き、ではそのあたりかなと決まった次第。

そんなわけで、あいかわらず僕の関心は、主に音楽、広くてアートで、台湾といっても、そこばかりです。表現としてのノイズ、手法としてのテクノロジー/バイオアート、理論としての道教ないし伝統中華文化を、複雑に組み合わせた動向に注目するところがあり。いささか粗暴な手つきでありながら思慮に富んだその作風は、欧州で通じそうな(あるいはすでに活躍している)作家もたくさんいて、新鮮な驚きと興味がつきない、というところでしょうか。

youtu.be

 

 

旅程が決まれば、予約はすべてネットで二週間前に。今回はホテルもおさえ、日本円では一泊5000円ほどのところにしました(朝食をつけるとプラスいくらかとなるようです。素泊まりでした)。台北メインステーションのすぐそば。

飛行機も格安で快適で、午後2時に到着し、4時ぐらいにはチェックインしました。台北は8月末でまだ暑く、36度とかそのあたりが普通。ただし電車や室内はクーラーで寒く、服装が難しいところです。駅が近かったので、多くはパーカーを着て過ごすことになりました。

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ホテルからの眺め

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ダワンさんと食事。お世話になりました

初日は、到着したら夕方5時半に、チケットをお願いしていた(チケットは無料ですが事前予約が必要でした)ダワンさんと忠孝新生で待ち合わせ。あたりをぶらぶらして、食事をとり(冷たい豆のスープのようなデザートが美味しかったです)、中正堂に。チケット現物を確保したら、時間があったので門の外に出て、二人で(僕は煙草を吸いながら)色々な話をしました。政治や、台湾の政治や、日本の文化状況の話が多かったです。トリエンナーレの話もしましたし、ネットだけの人物と実際会う人は、ちょっと違うのだ、という話などをしたのが印象的です。アンダーグラウンド文化の生き字引と言われ、日本の事情にも詳しいダワンさんの思考は、時に鋭く、刺激的でした。

時間になったらコンサートへ。個人的には大変に面白かったです。終わったあと、大友さんに挨拶したり、ぼんやりホールを見ていたら(写真でわかるように、色々な看板があって、見入ってしまいました)背後から肘をつかれ、振り返るとサングラスをかけた背の高い男が立っている。何かを英語で言っているので聞き取ると、「アイム・リン・チーウェイ」と言われました。

たぶん僕は、文字どおり穴があくほど彼の顔を見たと思います。サングラス越しの彼は静かに笑って、僕を見返していました。というのも、90年代の台湾にノイズを導入した人物として知られているのは主に二人いて、一人は現在、台北芸大でメディアアートを教えているワン・フーレイ。もう一人は、ノイズユニット、ゼロ・サウンド・リベレーション・オーガニゼーション(zslo)を率いて演劇とアウトサイダーアートを混ぜ合わせ、アンダーグラウンドなノイズカルチャーを作り上げたリン・チーウェイで、その後、無駄な長期化は先端的文化の衰退しかないとユニットを解散、渡仏して人類学を学びながら、今は独自のメディアアート作家となっている、その彼でした。何よりも僕自身が台湾のノイズに関心を持つことになったきっかけでもあり、その時に交流を始めた当の本人だったのです。ここで初めて、実際に会うことになりました。

このような時どうなるかは人それぞれでしょうが、僕にかぎれば、まったく言葉が出てこなくなってしまいました。苦笑するばかりですが、握手をして、挨拶をして、「忙しいらしいがそうなのか」というのが精一杯。とはいえ、腰を据えて話をするなら、腰を据えないといけないわけで、今の彼は間もなくまた渡仏(パリ在住のため)のため大忙しなのもわかっていて(つまり聞くまでもなく、すでに分かっていることを聞いている)、まったく言うことが見つかりません。写真撮っていいかな、とかわけのわからない話をしていたら、リンさんが今度は奥にいた男を小突いていて、誰かと思ったら大友さんでした。今度は大友さんが声をあげ、20数年ぶりの再会だったということでウオーとかそんな感じをリンさんがまた笑顔で見守っています。グランドゼロ小編成で台湾に来た時いたのがリンさんだったこと、あとディノがまだノイズをやる前の話とか、還暦の話とかをしていて、ゲラゲラ笑いながら写真を撮りました。また会ったら、今度はえぐいノイジーな話をしたいです。

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リン・チーウェイと大友さん


 

 

翌日は、とくに予定もなく。実はFENもどうしようかなと思っていたのですが、lolololのシャリンが「今日のはヤバいよ」というので、行くことにしました。ホテルのそばに朝食屋さん(台湾オムレツやブレックファースト専門店があるのです)を見つけ、おっかなびっくり入ってクレープなどをいただき、美味しかったのでその後も朝食は毎日ここで取ることに。ちなみに街を散歩すると、壁の落書きに「香港・時代革命」の文字。その問題意識はここ台湾まで覆っているのを肌で感じます。

 

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一旦ホテルに戻り、11時ぐらいに台北メインステーションに行きました。2階に大きなフードコートが3つあり、一つは台湾夜市と題して、有名な地元料理が集まっているからです。魯肉飯や牛肉麺やカキオムレツなど、頼むとどれも美味しい。野菜や和え物もおいしいので、ここでも、もうお昼は毎日ここに通うことにしました。

それから、地下鉄で二駅ほど移動して、問屋街の昆明街へ。その一番奥に、lolololのメンバーでもあり、書家であるツァイがやっているカリグラフィのスタジオがありました。以前から台湾の書の文化に関心があって是非みたいと思っていたので(しかし去年は洪水のような大雨でスタジオが壊れたりして行けなかったりして)ようやく念願叶って訪問しました。涼しげなオフィスに、隷書や篆書の作品が多く並んでいます。

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ツァイのスタジオ「Behind the Paper」。お盆最終日ということでお供え物がしてありました。

実際に会うツァイは(ちなみに女性で、シャリンと同い年と言っていました)流暢な英語で、来月にアメリカでワークショップがあるのだと言って、僕はまるでその生徒のように彼女のコンセプトを聞きました。とくに漢字の初期形態に関心があって、象形的な性格まで遡るとそれが文化的な意味を理解することにもなるということで、古代の文字をミニマルデザインに変換したような作品を作っていました。自分たちは、伝統を強調する世代と、デジタルだけの世代とのちょうど中間で、シェリルやシャリンたちの活動も面白いと言っていて、非常に頭がクリアになる思いでした。

 

そのあと、龍山寺というお寺に寄ったり、暑くてすぐ出たりしたあとは、また忠孝新生で、C-labで妖怪をテーマにした展示を拝見。実際の彫刻群もさりながら、メディアアート集団naxs-corpのVR作品を実際に見て、大変興味深かったです。

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龍山寺。すごい暑くて大変でした

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メディアアートコレクティブlolololの中心の一人naxs.corpの作品。meuko!meuko!の映像も手がけています



また駅にもどり、今度はそのシャリンと待ち合わせ。科学技術大学のそばのお店で食事をとり、最近は忙しそうだねと聞くと、来週からイギリスに行ってワークショップがあるといきなり言われ、そのあとはそういう話でワイワイと。

時間になったので中山堂へ行き、FENの、これまた大変に感銘を受ける演奏を見ました。個人的には09年あたりに浅草のアサヒ・アートスクエアで「楕円の**」という大友さんのイベントがあって精緻なアンサンブルだったと記憶しますが(**はちょっと記憶を失念・・・)それよりも場合によっては完成度の高いものが実現していたと思います。台北に来て、このような本格的な即興のアンサンブルを見ることになるとはと、しばし。終わった後、FEN各人も皆たのしそうだし、大友さんも「こういう企画ができる台湾はいいなあ」とか、「フィリピンや中国はもっと若いから、成熟してるかも」とか、そういう会話を。

その後は、またシャリンと落ち合って、駅前のモスバーガーで、夜11時ぐらいまで、感想や欧州でのイベントの話などをしました。シャリンに初めて会ったのは1年前ですが、とても1年とは思えない変化で、芸術家としての不安と自信を持っている姿が、頼もしいというか、そのような感じでした。

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lololol主宰のシャ・リン。幅広い関心で活動を組織していました

 

 3日目と4日目は、すでに書いた通り。3日目はシーザーの台北最後のイベントを、4日目はディノの家でゆったりと酒を。楽しかったです。

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シーザー台北最後のライブの後、ここで一服。


 

 

5日目はもう帰国の日。毎回、台北に行くたびに最終日の恒例になっているのはシャリンと早朝7時に国父記念館で待ち合わせ、公園で彼女のアート拳法を教えてもらうことですが、実はこの8月31日の午後にベルリンではシェリルさんが出演するイベントがあり、おそらくはそこでの密な連絡と、さらに渡欧の準備と打ち合わせでシャは完全に昼夜逆転しており、そのままにすることにして、のんびり散歩などして帰りました(ちなみにベルリンでのイベントは成功したようで、新聞にシェリルさんのパフォーマンスの様子も掲載されたりして、何よりです)。

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帰国日の朝、台北の空は快晴でした

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シェリルさんのドイツでのパフォーマンスの記事。植物に電極をつけるパフォーマンスはインパクトあったようです



 

 

今回の台北滞在は、かなり若い世代の音楽家や作家を見ることができましたし、また多くの新しい人と会ったり、節目の瞬間に立ち会ったり、不意の出会いもあったり。また海外へ遠征する作家たちの姿も頼もしく眩しく。刺激の多い日々でした。

(おわり)

 

 

 

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噪集2019二日目

では二日め。この日は、かなり変わった試みが行われて、内容も非常に面白く充実していました。

大きく言うと、映像と、伝統楽器との共演です。映像は許家維(シュ・チャーウェイ)、音響に胡定一(ハン・チュンリ)、二胡と笛に黃俊利(フー・ディンイ)。ディンイは85年生まれの、まだ若い伝統楽器奏者です。そうした試みはこれまで様々にありますが、だいぶ独特のアプローチが成立したように思いました。

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噪集二日目。前日とはうってかわって、白い照明が硬質な印象を与えました

 

森・剣・カンフー 見える音・見えない映像

簡単にまとめておきましょう。最初は、照明が落ちて、映像のスクリーニングから始まります。台湾の古来の仮面をかぶった人たちが街を練り歩き、森の中を通り、池の上で舞う、という、幻想的な映像でした。映像はとても現代的で、ベルトリッチやゴダールを思わせるショットが続き、森の湖畔で太鼓とともに舞う光景は思わずゴダールの「ウィークエンド」を思い起こしました。音響もかなり大きく、環境音にフォーカスされた不穏な流れで、力強く引き込まれます。許家維の映像作品でしょう。

そして暗転から照明が点くと、4隅にFENメンバーが座しているばかりでなく、中央に、突如、見知らぬおじいさんが立っています。手元に机、足元には布切れや多数の小物が並んだりぶら下がったり。この人物は、ハン・チュンリという、映画の音響係、というか、小物を使って効果音を作成する音の匠でした。

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前日にもまして盛況。中央の灯の下にハン・チュンリがクンフー?をしています

まず、まな板の上でコップを逆さに持ってリズミカルに叩きます。パカラッパカラッと、馬のひずめでしょうか。そして布をはたくと、人物の動きや風の音が生まれます。さらに包丁を二本、鋭く交差させるや剣戟の光景が果てしなく繰り広げられていきます。

これは奇妙な体験でした。先ほどまで映像を見ていたわけですが、今や映像はなく、音だけで、しかし映像と物語が喚起されます。おそらく観客の大半が、それぞれの映像を浮かべながらそれを見ていたに違いありません。

そこにFENが切り込みます。大友さんはノイジーな即興という風情で弦をかき鳴らし、存在しない映像のサウンドトラックをつけていきます。チーワイはミキサーではじけるような低音のノイズを、ヤンジュンはエフェクターでズタズタにされたハーシュノイズ(いわゆるグリッチノイズ)を不規則に始めました。ハンキルは時折、急にコンピュータが作動したような機械電子音で異化を進めます。

果たして、何が起きたのか、視界には気のせいかカンフーのアクションがちらつき、馬と剣と拳法の達人が交錯するアクションが繰り広げられていました(後で聞いたら、その場にいたlolololのシャもそうだと言っていました)。ハンが、自分の拳と拳を合わせている場面もありました。とどめにものすごかったのは、小物の中から大きな瓜のような果物を取り出し、まな板に乗せて包丁で一刀両断した時です。ズバッと皮と実が切れ、果肉がとび散ります。まちがいなく想像上の視界では誰かが傷を受けました。さらに何度も包丁が叩きつけられ、果物は薄切りになっていきます。即興演奏で果物を切るというのは初めて見ました。というか、一体何を「見て」いるのでしょうか。

展開は、ふたたび馬のギャロップがはじまって、そのあたりから収束していきました。時折、まだなお剣と剣はぶつかっています。FENはゆっくりフィードバックノイズに移行し、さいご、ハンが空中にもちあげた果実に包丁を叩き込んでめり込んだ状態で終わりを迎えました。

視覚と聴覚、音像と映像、音響と環境音など、多様な要素が交錯した演出で、驚きの企画でした。演奏は物語を支え、アクションを付け加えるような力となって、観客にあるイメージを作り出していました。近年では、音楽の問題として、実際の環境音を用いた(フィールドレコーディングやミュージックコンクレートなど)ものも一般的に注目されつつありますが、ここではそれが逆転するように、小物で環境音を作り出すという、またそれが実際に映像や物語を喚起するという結果を見せ、その点でも、非常に興味ふかく刺激的な企画だったと思います。

 

 

暗転

さて、しばし呆けていると、再び暗転して、映像の上映がまた始まりました。今度は古民家で老人が盤と駒を動かしているところで、突然それがCG加工であることがブルーバックで明示され、実際のごく断片的なセットがある孤島の映像が映ると、そのままゆっくりとカメラが引いて、島全体の姿が見えてくる、という映像でした。カラフルな持ち味とじっくりした持続の感覚、どこかタルコフスキーの「ソラリス」エンドシーンを想起する刺激的な映像だったと思います。

 

伝統・ノイズ・アンサンブル

照明がつくと、今は別の人が中央にいます。手には二胡、そばには笛と拍子木。椅子にわずかに浅く腰掛け背筋の伸びた姿勢は、一見して伝統楽器の正統な奏者であることをうかがわせます。実際、フー・ディンイは、本職がその台湾伝統の楽器の演奏で知られる、若い演奏家でした。

そして4隅にFENが構えています。つまりここ台湾で、伝統楽器と即興演奏の共演が行われるというわけです。

そのあとの展開は、とても緊張感のある充実したものでした。一般に伝統楽器と即興演奏家の共演の場合、楽器奏者がアドリブを行うか、即興演奏家がある種のパーカッションのように不規則に入り込むか、その辺りが良く見受けられるものと思います。場合によっては、楽器奏者がロックや印象音楽風の和音を弾いて、皆で合わせる、という展開もあるでしょう。

 

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ますます盛況です。周りには去年のAMFで見かけたマネージメントの方々も見えました

ここでは、そうした展開はありませんでした。実際、ディンイは、おおむね自身の本来的に身につけた楽器の演奏を繰り広げていたと思います。それに対して、即興演奏家は、まずフリーインプロビゼーションの手法から入りました。デレク・ベイリーが提唱したノン・イディオマティック・インプロビゼーションは、語法としてはウェーベルン電子音楽化と断片化を軸に、調性もテンポもない演奏として出発したと思いますが、まさにそうしたギター演奏から始まった、と言ってよいでしょう。大友さんは、まさしく現代音楽風の崩れた和声を爪弾き、そこにチーワイが低音中心のクラスターや持続音を作ります。進行感のない、音の圧だけが舞うような中に、ヤンジュンはハーシュノイズで、ハンキルは穏やかな機械音で寄り添います。そこから次第に全員が前へ進みはじめ、ディンイが楽器を持ち替えたあたりから全員のテンポが上がり始めました。定常クリックを持たない即興演奏は、そのまま急速に音の密度をあげていきます。それはまるで、ホール全体の空間にノイズの渦が巻きはじめていくようでした。

興味深かったのは、次の瞬間でした。ディンイが、どこか苦しそうに、拍子木に手を持ち替え、パンパパンパン、というようなフレーズのあるリズムを打ったのです。あえて言えば、即興の加速のなかで伝統楽器奏者の手元はよろめいて、リズムフィギュアもテンポも乱れながらの一打のようでした。そのとき、しかし、それを確かに目で捉え、音で聞いた即興演奏家たちが、急に、演奏はそのままに、自らの突き進むスタイルから、音のテクスチャーだけを維持していく形にスライドさせたのです。すぐに持ち直した拍子木の確たるリズムに、重低音から電子雑音までの音の層がうごめきながら覆っていきます。

会場の大きなホールの4隅で、それぞれのスピーカーから出た即興演奏家の音が、バランスを保ちながら崩れることのないアンサンブルを構築したとき、まるで一つの音楽が完成したかのようでした。かつてもこうしたアンサンブルを見たことはありますが、これほどの完成度で、それもFENで、しかも台北で、その達成を見ることになるとは、思いもよらない出来事でした。その後も、全員が、あと一歩ふみ出せば無軌道なノイズに転化してしまうという、その寸前をキープしたまま、演奏が続き、終了しました。おそらく演奏している全員がそれぞれに負荷を感じながら、互いの音を聞きあい、さらには目も凝らしながら、作り上げたものだったと思います。しかしそれは、緊張感のある、充実した音楽の形態を生み出していたように思います。

 

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終演後。ここはかなり独特の雰囲気ですが、二日間で全く違った景色を見せました

終わったあと、演者全員に、素晴らしかったと伝えたくなり、サムズアップをしていき、大友さんにもそう伝えると「たぶん彼はこういうのが初めてで、みんな必死に合わせたかも。ハンキルさえ合わせてたかも」と笑いながら言っていました。

というわけで、第二夜でした。感想としては二つに分かれてしまって、まとめがしにくいですが、通常のものではない、ある種の異様な音楽の形態をみることになった(それも一気に二つ)わけでした。台北の暑い夜、成熟して洗練されながらも、うちに野性味を保持する(また保持しようとするような)伝統と即興が、それぞれに一つの形をとった日だったと思います。

 

 

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噪集2019初日(続)

 では続きです。台北FENツアー初日、どうだったでしょうか。

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会場の中正堂。前を行くのは黃大旺(ダワン)さん

 まとめから先に書いておくと、このFENというユニットの、クセがありながらも創造的なパフォーマンスを十分に堪能できました。もしかしたら、日本ないし東京で見るよりも、非常にその闊達さが浮き彫りになって見ることができたかもしれません。

 

即興

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噪集2019初日、多くの人であふれた会場内

 彼らがやるのは、即興演奏です。即興演奏というと、思わずしかめ面をして自身の内面にむきあうような、ある意味で古風なところが想像されるかもしれません。が、個人的に理解したところでは、音楽の移り変わりとともに、即興演奏も常に変化しています。とりわけFENでは、従来の音楽的な意味では大友さんのギターや、あるいは古今東西の即興演奏を全てマスターしたのではというようなユエン・チーワイの演奏(ギターとエフェクターで様々な演奏を繰り広げます)がある一方で、ハンキルやヤンジュンはケージ以降、ないしはノイズや2000年代以降の音楽的潮流を汲んでいます。ハンキルは、もともと時計のゼンマイを100台ぐらい使ったメカニック/マシニックな異音やマイクに塩をふりかけたりする雑音など、ケージ流のノイズとも、あるいは00年代のいわゆる音響ともいっていい実験的な音楽で知られます。ヤンジュンにいたっては主要楽器が何かは不明で、拡声器でハーシュノイズや超音波を拡張する機材で知られますが、完全な徒手でのコンセプチュアルなパフォーマンスしている場合もあります。

 おまけに、彼らは、聞いたところでは、打ち合わせはしないのは勿論のこと、場所にあわせて演奏をしていくことでも知られます。ホールごとに配置を変えたりするのは無論ですが、以前はたしかスーパーマーケットの中で演奏を行うなど、文字通り場所を選びません。空間や環境にあわせて音楽を考え、つくっていくというのは2010年代に顕著になってきた問題系だと思いますが、そうしたところからも、いわば現代的な即興演奏の担い手であるといえるように思います。

 一言で言えば、彼らは、それぞれの地域ではひじょうな大物でありながら、実はかなりくせ者の集まりです。映画で言えば、エイゼンシュテインもいれば、チャップリンもいれば、バスターキートンもいる、という具合でしょうか。彼らがごっちゃになって、その場で映像を作っているところを想像してみれば、それはそれほど間違っていないのではないかとさえ思います。そこにはもちろん笑いも、不意打ちも、シリアスな美も、様々に入り混じっている、私たちは安直な美的感覚からあらためて遠ざかり、これらの現代的な美学にしたがって芸術や創造について考えをめぐらせてみるのもいいのかもしれません。

 

 という脱線は、まあ本筋ではないのでさておき。いずれにしても、この二日間のコンサートは、そうした彼らの営みが、いかんなく発揮された二日間であったように思います。簡単に振り返っておきます。

 

1日目

 1日目は、前回書いたように、会場にぐるりと奏者が配置されています。そしてなんとFENはここでは合奏せず、4隅にメンバーが位置しており、台湾のミュージシャンとデュオやカルテットなどを組みながら演奏を展開しました。

 さいしょは、大友さんと李俊陽です。李俊陽は伝統的な二胡をテンポの速い即興で進め、大友さんはむしろギターで、伝統的なダンスを想像させるリズムを形づくっていきます。後で何人かに聞いた感想ではもっとも好評だったこのデュオでは、伝統と現代入れ子のように反転しながら響きとリズムを生み出していました。

 ついでそのまま、ル・イ、ナイジェル、シーザー、チーワイのカルテット。ナイジェルの控えめながら時折暴走する低音の持続に、ル・イの真空管めいた器具で構成された装置の電子音が放電のような音で寄り添い、そこに二人のギターの高音フィードバックが空間を刺すように動いていきます。きわめて抽象度の高い電子音重視の即興演奏ですが、終盤シーザーが壊れたような旋律を演奏し始めて暗くも物悲しい光景に移ろっていきました。シーザーの旋律は非常にロック的な、長い拍を伴う重厚なメロディですが、貴重だと思います。

 ため息もつかの間、ボール紙で巨大な拡声器を模した道具でベティアップルが絶叫し始め、ツ・ニが高速の電子ビート、さらにハンキルがPCでのソフトシンセ(PC上でシンセサイザーを仮構したもの)を操ります。ベティアップルの身体的なざらつきと、何より違和感そのものを形にしたようなボイスはストレートに胸をえぐるところがあり、その横で光を装置で音に変換していくツ・ニの一種異様な光景は、どちらも女性というような固定観念をたやすく乗り越えて、音と光の力による現代メディア・パフォーマンスアートの世界に引きずり込まれます。ここで特異だったのはハンキルで、ソフトシンセは複雑な操作にもかかわらずほぼ全てピーとかピョロリーンとかドバッとかいう規格品の音であり、それが一層に予定調和を脱臼させながら、体感型のパフォーマンスを作り出していました。

 気づけば伝統音楽から遠いところまできていました。どれも即興です。とどめはヤンジュンとディノ、ジャレッドです。ノイズしかない。ノイズ・ミュージックは即興的に行う、という点で(非常階段)、きわめて正統的なノイズ・ミュージック。また、即興のことなる貌が垣間見られます。しかもほぼ全員が同じ楽器で、同じ方向を向いています。

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ディノ、ジャレッド、ヤンジュンのセット。なおパフォーマンス中は青い光が照らし、独特の印象で会場を彩った

 率直に言えば、最も感銘を受けたのは、この最後のものでした。この時、ディノはゆったりと始め、まずはエンジン音のような馬力のあるノイズはジャレッドから始まります。ノーインプット・ミキシングボードは、ミキサーの出力と入力を直接つなぎ、フィードバックさせる楽器ですが、彼らはほぼ完全に音をコントロールして可聴域外寸前の高音と低音まで展開していました。その間、ヤンジュンはというと、しばし、腕を伸ばしたまま、長くうつむいた姿勢で動かずにいました。無音の演奏というのがあるのも知っているので、それかな、とも思ったのですが、しばらくして何か決意したように小さくうなずくと手を動かし始めます。出たのはもちろんノイズ。ですが、エフェクターで微妙にうわずって変形された音は、ディノとジャレッドの繊細で高速な音から浮き上がって聞こえました。もちろんわかってやっているのでしょう、それから、ずっとその音で、かすかにいびつな形のまま、ヤンジュンは演奏を続けます。

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演奏終了後、机の脚から卓が外れた状態のヤンジュンのセット

 個人的にはあまり音楽を政治的に見るのは好みではないのですが、このときは、どこかそのようなことを感じずにはいられませんでした(僕自身は、政治については人並みに関心があると思っていますが、自分が政治的な人間であるとはあまり思っていません)。それは、このイベントの時期が、ちょうど香港をめぐり、北京をめぐる情勢が大きく報じられていた最中ということがあったからかもしれません。また台湾が、その政治力学のなかに巻き込まれていて、皆が深くそれに疲れ、あるいは傷ついていることも肌で感じられていたということもあるかもしれません。そのなかでこのヤンジュンとディノ、ジャレッドの演奏は、きわめて素朴ながら、北京と台北の音楽家が一緒に演奏している、ということの貴重さを、不意に思わせました。とくにしばらく動かなかったヤンジュンの「さあ、やるか」というような小さな頷きは(それが単に音楽的なスイッチだったのか、より別の文脈だったのかはわかりませんが)国境を越えて演奏することの貴重さと困難というべきものを不意に感じさせたのです。こうしたことを貴重と思う時代に今いるのだ、という感触であったと言いかえるべきかもしれません。いずれにせよ、いわゆる政治的な感覚に襲われ、あらためてこの企画とFENというユニットの性格について思いをめぐらせました。

 

 そのいびつなノイズはそのまま続き、演奏はゆっくりと終わりました。最後はヤンジュンが、(ノイズ・ミュージックの定番を模したのでしょうけど)機材のある机を前後に揺らし、机ごと倒して終わり。ノイズの正統的な終わり方で、ディノとジャレッドも素晴らしく、感動しました。

 このように、全体としてはFEN各メンバーの即興のアプローチが見られるとともに、台湾の、とくに新世代のアーティスト達が負けず劣らず独自の世界を繰り広げ、その相互の影響で表現が大きく広がっていった充実した時間だったと思います。構成も、ある種の伝統性からゆるやかに展開してノイズまで、台湾の底の深さを見せつけられた一夜でした。

 

(つづく)

 

 

 

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噪集2019初日

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噪集2019 初日の様子

 

 ちょっとさかのぼります。台北でのFEN(Far East Network)のコンサートに行ってきました。8月28日と29日の2日間。順に書いていこうと思います。

 

 文化實驗場 C-LAB

 まず初日。会場は「空總臺灣當代文化實驗場 C-LAB」というところでした。台北駅から2つ目の忠孝新生駅で下りて、徒歩5分ぐらい。近くには科学技術大学もあったりして、都会です。僕自身は、台北に到着して、ホテルにチェックインしたらすぐに移動してきました。空気はけっこう暑くて、日の射すような熱さというよりは、全体が蒸し風呂のような暑さです。コンビニで飲み物を買うのは必須で、台湾の気候を堪能しました。

 それで、この場所が面白かったのは、元は空軍の施設だというところです。確かに、商店街なのにここの周りは急に空き地で、中も独特に殺風景。広い敷地に、宿舎のようなものが並んでいて、ところどころ屋根が壊れたりなど、年月を感じさせました。空軍の施設だった場所を、アートのために転用したようで、ここでのイベントは無料でやるということのようです。軍事と民主化文化政策と、いろいろと絡まっている点と、とりあえず見た目の殺風景な風情が面白かったですね。ここで色々なことが起きているという感じをもちました。

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こんなところ。だいぶ殺風景です。あちこちで展示もやっていました


  演奏は一番奥の中正堂展演空間というところでした。あまりじっくりと見ませんでしたが、壁に民主と愛国的な文章の掛け軸がドーンと2、3枚貼られていて、文化と軍事の複雑な関係を再度しのばせます。開場は夜19時すぎで、その前にダワンさんと落ち合ってチケットをもらったりしましたが、まず、とりあえずすごい客の列でした。150人以上は居たのではないでしょうか。入り口前に並んでいましたが、待っている列の最後尾はすでに見えません。ちなみに、企画全体は台北アートフェスティバルの一環ということで、去年のアジアン・ミーティング・フェスティバルと同様です。タイトルも「Noise Assembly 2019 : No man’s island(噪集2019─無主之島)」となっています。期待の高さがうかがえます。

 

 FEN

 さて開場から、始まりです。今回は、まずFENと、現地台湾の(相対的に)若手ミュージシャンとの共演というぐあいでした。FENについては、今さらというところもあるかもですが、大友さんと、ソウルのリュウ・ハンキル、シンガポールのユエン・チーワイ、北京のヤンジュンからなる、実験即興ユニットです。結成は2007年。由来については大友さんが書かれています。

 

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 実はFENのライブを直接に見るのは、これが初めてでした。機会を逸していた、というのもありますが、やや政治的に見える結成の仕方に、どこか落ち着かないものを感じていたというのもあるかもしれません。ただ、実際に見てみると、もう現在となってはアジア各地から欧州との交流も行われるほどになっていて、無理に集まったというより、ハイレベルで個性的な音楽家のユニット、という印象もありました。

 

無主之島 

 さて会場内は、ぐるりとホールの中に楽器が点在していて、各楽器のそばにスピーカーが置かれています。これはAMFや、あるいは08年ぐらいから大友さんが試している集団即興用のセッティングで、巨大なスピーカーに音を集めたりせず、それぞれの演者の音を、それぞれのスピーカーから聞きます。観客は、なので、座らずに立って移動しながら聴く、というのが一般的です。これはなかなか日本では満席だったり座ることが多く、実現が難しいところもあるのですが、台北では去年のAMFでも同様に、客の多くが歩きながら自分で音楽を探していくようにして聴いていくことが普通に実現しています。今回もそうでした。

 

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 次に台湾から参加のメンバーです。一覧だとBetty Apple、Jyun-Ao Caesar、廖銘和(Dino)、李俊陽、盧藝(Lu Yi)、洪梓倪(Tzu Ni)、徐嘉駿(Jared Xu)、奈鳩・布朗(Nigel Brown)。順に見ましょう。

 ベティアップルは去年のAMFにも出た、女性のノイズ・パフォーマーです。身体に関心を持ち(楽器はバイブレーターをアンプで拡大する場合もあります)、欧州やアジアも飛び回っています。かなりエロかつグロなシーンも厭わない印象があります。シーザーは前々回に書いた、録音技師兼ギタリスト。ディノは、台北ノイズ第二世代の重鎮で、ノーインプットミキサーで爆音を出します。

 李俊陽は、画家でもあり、伝統的な笛や弓を扱うマルチ楽器奏者でもあります。台中を拠点に、実験的なアートを展開している中心人物の一人。ル・イは、台北芸大に拠点をもつノイズ第一世代ワン・フーレイが開催している電子工房Soundwatch studioのメンバーで、メディアアートとの交差を進めています。Tzu Niは、ながらく台北のノイズイベント失声祭Lacking Sound Festivalのキュレーションも行っていたノイズ&サウンドパフォーマー。光を電子的に変換する装置を駆使していました。

 ジャレッド・シューは、Berserk名義で高校生からノイズを始め、流れるような展開のハーシュノイズで、メルツバウとのスプリットを出したりロンドンのカフェ・オトでもライブをしている、大学生ですが要注目人物です。台北では、レコードショップの先行一車、レーベルのカンダーラ・レコードの中心にいる一人でもあり、ゲリラライブの主催もしています。

 最後のナイジェル・ブラウンは、台南のオルタナティブスペース「聴説」の運営の一人でもあり、一昨年の札幌でのAMFに出演したアリス・チャンとも来日したことがあります。改造オルガンを使ったりミキサーを使ったり、穏やかな中に構成された展開をもつ即興演奏を行います。

 

 という具合です。おわかりのとおり、この面々は、すでにそれぞれの関心において、台湾という枠内を飛び出て、アジアや欧州でも活躍している面々です。また、ディノとナイジェルは40代のように思いますが、他のメンバーは総じて若く、全員がノイズを苦にせず、またパフォーマンスやメディアアートサウンドアートなど他領域との接合も試みています。

 僕は彼らを、台湾ノイズ第三世代と呼んでいます。90年代の民主化以降に「ノイズ」を多様に解釈したリン・チーウェイやワン・フーレイのもとで、アートや文化の最先端へと飛び出していこうとする姿がそこに見えるように思うのです。

 

 というメンバーで、さて始まりました。いかがになるでしょうか。というのは、また次回。

 

 

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台北の夜と空(続) ディノの家

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ディノの家。手前にジャレッド、奥にディノの姿


 

 さて続きです。8月30日のイベントの翌日、31日にとても不思議なコンサートに行きました。その話を書こうと思います。

 

はじまり

 はじまりは、前回書いた30日のイベントのあとからです。イベントの客席に、台北でツアーをしていたFENのユエン・チーワイとヤンジュンがいました。僕は、FENツアーを見た感想をfbに書いていて、それにヤンジュンがコメントをくれたので、挨拶したのです。このときが、直接話すのは、たぶん初めてでした。

 ヤンジュンは、すでに一部ではよく知られた音楽家です。北京を拠点に、00年代から実験的な音楽に影響を受け、文章だけでなく、自分も音楽家として活躍しています。現在は北京にスペースをもっていて、そこで小規模なサークルとともに定期的に演奏活動をしていたり、世界中を飛び回ったり。大友さんのいるFENのメンバーでもありますし、雑誌『WIRE』に連載をもっていたりします。今回はFENとしてはノーインプットミキサー(ディノと同様といえばそうです)でのノイズが主でしたが、最近は無音を取り入れた作曲活動も旺盛にしています。

 というわけで、簡単な挨拶をしました。挨拶と言ってもfbの画面を見せて「私、私」というだけ。サムズアップをしたり、握手をしたり。けれど大抵は、そこから始まります。また会おうと言って、その場はわかれました。

 それで、前回のイベントを振り返ったりしながらホテルに戻ったわけですが、メッセージが来ていて。見るとヤンジュンから「そういえば言い忘れたけど、明日***や**、***(人名らしいけど漢字表記でわからず)とコンサートをする予定があって。ディノの家なんだけど、来る気はあるか?」というものでした。答えはもちろんイエス。返事をすると、即座に住所が送られてきました。夜8時から。わからなかったら連絡くれ、という具合でした。ディノの家でコンサート、いきなりなので不安半分、期待半分です。

 

お茶

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忠孝復興駅周辺はこんなところ。都会です

 翌日は、ご飯を食べたり散歩したりして、それから花崎さんとお茶をしました。忠孝復興駅で夕方に落ち合い、ちょっと移動。ここはそごうが2店舗あって、巨大です。花崎さんの友人がやっているというレンタルスペースの一階のカフェに行き、コーヒーなど。台湾はタバコは室内では吸えないので、戸外に出て一服。かなり暑くて、最初はぼんやりしていました。前日の復習や、書いたようなシーザーのエピソード、他にも政治情勢の話や文化情勢の話などをしました。じつは前回に書いた、花崎さんが友人とやっていたスペース草御殿は、家賃高騰などから運営継続が困難になり、つい先週、撤収したばかりでした。本当はイベントは御殿でやるつもりだったけど、などの話を聞きました。御殿のあった迪化街は、さいきん急速に観光地化していて、台北も大きく変わりつつあります。(前回のエピソードも、この事情を入れて再読してもらえれば、さらなる感慨もつけ加わるかもしれません)

 その間に、こっそりと今日のイベントの話もしてみました。ディノをイベントに招くほどですから、自宅コンサートに行くというのも無理ではなさそうだし、なにより貴重な機会と思いました。花崎さんはすでにディノの家に行ったこともあるらしく、結局、ディノに連絡を取ってオーケーをもらい、二人で行くことにしました。

 

ディノの家

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ディノの家の門扉。野犬が吠える雑木林の中にあります

 カフェを出て、おみやげを買うという花崎さんは屋台で果物を買います。パイナップルとスイカを切ったセット。おっかなびっくりな旅行客でしかない私はなかなか屋台で買ったりするのは難しい感じでしたが、実際におじさんと交渉して買っているのを見て、これかあとか思っていました。それを持って電車で移動。4つほど先の駅で下車。

 場所は、パッと見は、ごく普通の住宅街です。東京の団地とほぼ変わらない。駅前にはセブンイレブンがあって(僕はおにぎりとコーヒーを、花崎さんはビールを買っていました)、マンションのような家が並びます。その一角に、まだ開発されていない雑草ばかりの空き地のようなところがあり、フェンスで囲まれていました。駐輪場があって、バイクが止まっていました。行ったことのある花崎さんに案内してもらう形で進んでいきます。

 するとディノの家は、どうもその「開発されていない雑草ばかりの空き地」にあるのです。急に雑木林のごとき緑の中を行き、夜道に野犬が2匹、これが獰猛に絶叫しています。犬をなだめつつも、いきなり人外魔境のような世界。そして、その奥に、取り残された昔ながらの古民家が控えています。その一つがディノの家でした。

 そしてその中に、様々な音楽家たちがすでに準備をして控えていました。扉をくぐると、いわば土間で、ベタッと広間まで続いている。椅子もたくさんあちこちにあり、すでに埋まっています。ヤンジュンやチーワイの顔も見えますが、台北ノイズ新世代でFENツアーにも出演したジャレッド・シュー(ベルセルク)や北山Q男、去年のAMFに参加した即興演奏家でもあるファンギィ・リウ、FENで初日に大友さんと演奏した李俊陽、またおそらく欧州からと思う方もいましたし、もちろんディノの姿も見えます。ちなみにジャレッド・シューは20歳にしてメルツバウとスプリットレコードを出した俊英、ファンギィ・リウは高雄を拠点に「耳集」という即興・実験コンサートを定期的に開いています。北山Q男は注目のノイズミュージシャン。などなど、20人前後でしょうか。そのひとたちが、ディノの家にいるのです。

 

コンサート

 空いていた席は一番奥しかなかったので、そこに腰かけました。室内は土間に近く、白い壁が橙色の明かりに照らされて、古風な雰囲気です。いくつか腰ほどの高さの木の棚があり、CDやぬいぐるみなどがあります。勝手知ったる花崎さんは、持ってきたスイカを皆に分けていて、一服しながらペットボトルのお茶などを啜りながら過ごしていました。

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すでにセッティング。奥から、佳机、北山Q男、ファンギィ・リウ

 

 しばらくすると、コンサートが始まります。ディノは入り口近くに控えていて、どうも演奏はしないようです。ヤンジュンが中心になったコンサートという風情でしょうか。奥の机の周りには、ファンギィ・リウや北山Q男が座っていて、ミキサーやヘッドフォンを準備していました。ジャレッドが録音・記録担当らしくマイクとカメラを動かしています。ヤンジュンは、昨夜とはだいぶ印象が違い、シャキシャキと何かの演者のように動き回っています。

 始まったのは、2曲。だいぶ実験音楽的でした。一曲目は、佳机という女性の方が、北山Q男が操作するミキサーからヘッドフォンで聴いて、その音や感情を「descript」する、という曲です。静かな室内に、女性の声が断続的にゆったりと響きます(僕はこれに、感想として「secret music」という名前をつけました。つまりQ男が出している音は、私たちには聞こえないのです)。15分程度の曲でした。

 二曲めは、よりパーカッシブな曲でした。ファンギィ・リウが加わって、木の棚にあったピンや灰皿を弾いたりして音を出していきます。おそらく即興でしょうか。北山Q男は、空の酒瓶をぶつけてガシャンドシャンと言わせます。なかなか荒々しく硬質な音で良いなと思っていたら、ヤンジュンが登場して、まずメンソレータムを、立ってカメラを持っていたジャレッドの顔面に塗りたくりました(ジャレッドのうめき声)。次に、今度は僕の方にやってきて、僕の両の耳たぶにメンソレータムを塗ります(とくに反応なし)。

 やれやれと思って煙草に火をつけると、いつの間にか移動したヤンジュンがアルミホイルを持っており、座っていた観客の顔面にぐるぐると巻きつけていました。次々に客の頭部はアルミホイルで覆われます。彼らが身じろぎするごとにガサガサと音がしていく。全員終わったと思ったら、ヤンジュンがまたこっちに来て、耳元でアルミホイルをずっと揺らしていました(意味は不明)。その間に、ファンギィ・リウが、ハンマーで土片か何かを砕き始めます。観客が反り返り、アルミが音を立て、ヤンジュンはまたそちらへ飛んで行きました。

おおむね、そのような具合で、15分程度でしょうか、静寂ながら、粗暴で観客も巻き込んだ世界が過ぎて行きました(これには感想として「music for (ear of) audiences」というタイトルをつけてみました。観客の耳が、アルミなりメンソレータムなりで囲われると同時に、音を出すものに変化するからです)。

*そういえば、銀のアルミホイルで括られた観客たちの顔を見て、ウォーホルの銀の雲を思い出したことをメモしておきます。ただこれは私見ですが。なかなか美しかったです。

*このイベントはジャレッド・シューが記録してfbにアップしています。こちら→ 

www.facebook.com

 

 そのあと、ヤンジュンのトークがあり、あとはのんびりと打ち上げです。部屋の一角にあるノートPCとスピーカーのセットから、BGMが流れて、皆が思い思いにのんびりしていました。家の外で話をしている人もいます。僕はしばらく煙草を吸って、それから外へ出て、扉近くにいたヤンジュンと少しだけ話をしました。ヴァンデルヴァイザーのことや、最近の作品の話。沈黙についてどう思うかと問うと、沈黙はたいてい物象化されている(ヤンジュンはobjectになっている、と言っていました。それはフェティッシュということかというと、キャピタリズム的なものだと言われたので、おそらく物象化のことだと思います)、そうした沈黙には興味はないんだ、ただ音楽を通じてどこまでいけるか試しているのが面白い、と言っていました。ヴァンデルヴァイザーではマンフレッド・ベルダーが天才、あと、宇波拓が俺の音楽の最大の理解者だ、と言っていたことも印象的です。去年、マイケル・ピサロの文章を中国語にしたんだと、楽しくも苦しそうに語っていました。CDを2枚買ったら、おまけで一枚。NYでやったら客がゼロで、ノイズを録音したんだ、タイトルは「with no audience」だ、君はノイズ好きみたいだからこれ足すよハハハ。と言って、一枚おまけにもらいました。

 ヤンジュン本人に触れ、またその作品を直接に見たのはたぶん初めてでしたが、見た目にユーモアがあり、本人も演者のようにコミカルですが、思ったよりだいぶ複雑な作品を作るのだなという印象を持ちました。上記の会話での内容もそうですが、見えているものよりはるかに多岐にわたるコンセプトをレイヤーした作品を作り出しているようです。あえて言えば、象徴的な意味や観客、美的価値といったものの文脈を意図的に表面化しながら、なお言語化できない隙間を(いくつもの表面化されたコンテキストのあいだでねじれるように)表出させようとしている印象を持ちました。優れた作曲家であるように思います。詩的であったり、中華風であったり、ノイズであったりと粗暴な表現を用いつつ、問題意識と構造が非常に現代的なパフォーマンスで、今後も活躍が注目です。

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演奏合間の風景。膝をついているのがヤンジュン。花崎さんはスイカを食べてる。全体にリラックスした雰囲気

*やや批評的な言い方ですが、ヤンジュンのパフォーマンスには「見せつつ隠す」「隠すことで見せる」という手法があちこちに見られ、それが極めて魅惑的に思えました。secret musicもそうですし、アルミで隠す=アルミで隠された客を見せる、というのもそうです。隠す=見せるというのは両義的な手法として一般的ですが、それがより強く「何か秘めたものを持っている」という人間一般の普遍的な問題にまで発展しそうな気配があり、そこに奇妙にも深い作品の感想を持ったことも付記しておきます。これが、現代中国の監視社会における(押し隠す)個人、という問題につながっているのか、より普遍的に、誰もがそれぞれに秘めたものを持っている、というようなテーマに至るのかは、今はちょっとわかりませんでした。ただとても魅力的な「秘密」があったことは、たしかだと思います。

 

 

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夜10時すぎ。机に乗っているのが強いお酒。右端にディノの手


 外に戻ると、花崎さんが酒瓶を片手に喋っていました。58度のお酒ということで、一口もらいます。ウォッカズブロッカのような美味しいけれど熱いものがありました。なんとなく室内に戻ると、ディノが奥に腰掛け、皆で囲んで彼の話を聞いています。台湾語なので、ちんぷんかんぷんでした。同じように腰かけて、リキュール用の杯に入れた火酒を啜りながら、その光景を眺めました。だんだんと人が去り、それでも10人ぐらいは残っています。ジャレッドやリウや、いつもディノの写真を撮っている米拉さんが、BGMを選んでいて、REMやテクノをぼんやり聞いていました。言葉はわかりませんが、皆楽しそうです。

 気づくと、11時になっていました。杯は空です。帰り道がわからないので、花崎さんに声をかけて、皆に別れを告げて、そこを出ました。犬は吠えていなかったように思います。

 

 

 

 

**

台北の夜と空

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 8月28日から9月1日まで、台北に行ってきました。FENのツアー、ヤンジュンのプライベートなコンサートなどもあったのですが、ここでは30日のイベントについて、書いておこうと思います。

「Improvisation Performance Night vol.4」という企画。小さな貸しスタジオで行われました。主宰は花崎草(かや、と読むそうです)さんという、日本から台北に移動して活動をされている方です。今の専門はパフォーマンス・アート、なのでしょうか。そして参加は大友さんに加えて、台北のノイズシーンの中心ディノ、ギターのJAシーザー・リン、メディアアートからツ・ニ。すごいメンバーが参加しています。

 このイベントを知ったのは、花崎さんをとおしてでした。花崎さんは芸大で活動しながら社会運動にコミットしたり、そのあとロンドンに行ったりしたあと、台北にレジデンスをしながら、多目的な巨大スペース草御殿を迪化街に立ち上げ、芸大出身のノイズ・パフォーマーのベティアップルや酸屋というオルタナティブなコレクティブと協働するなど、ジャンル混淆のいちじるしい台湾のアート界での活動を展開(と理解)していました。

 とはいえ、個人的にはそこが入り口ではなく、前回、旅行した時に、草御殿がやっていた居住スペースがあって、そこの予約のためにコンタクトを取ったのが始まりです。上記の活動は完全に知らず、むしろマネージャーのような方だと思っていました。ともあれ、そういう具合で6月ぐらいに、連絡があって、こういう企画があると知った次第です。

 会場は、広さは40人も入れば立ち見で埋まってしまうぐらいの、貸しスタジオでしょうか。壁にはクラシックの指揮者の写真があったりして、音楽用のスタジオなんだなとわかりました。どことなくその日のそこは、なぜか実験をするような雰囲気があって、お客さんも静か目でゆったりしています。椅子が出されて、すぐ目の前、というほどではありませんが、かなり近い距離でパフォーマンスを見ることになりました。お値段は400台湾ドル、日本円だと1200円ぐらいでしょうか。

 

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会場入り口で、JAシーザー・リン

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スタジオというかんじでした


 まとめからいうと、各パフォーマーが自由に演奏やパフォーマンスを発揮する、素晴らしい内容でした。

 最初のディノのソロは、ノーインプット・ミキシングボードを使います。これは即興では今や有名となった(授業でやったりするようです)楽器ですが、ディノはこれを00年代初頭から爆音のノイズのために使っていたとされます。実際、はじまるや、激しく甲高いノイズと低音、うねりが4層ほど自由に動き回って展開していく、攻撃さと繊細さと複雑さをあわせもった演奏でした。ノイズ第二世代と言われるのも納得の爆音で〆。最高だったと思います。

 ついで花崎さんとシーザー、たくさんの小銭を鍋に入れ、床に撒いたり投げたり食べたり、鼻歌を歌ったりしながら会場内を放浪する花崎さんに、杭を打つようなノイズギターで現実を歪めるシーザー。そこに光を使ったライブ・インスタレーションというような装置でツ・ニが入ります。異邦人には、台北のシーンの奥の深さを堪能できるという充実した時間でした。

 

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貸しスタジオは現実を離れた独自の世界のように

 

後半は、大友さんのソロ。いわゆるノイズのギター演奏で、床は振動し、観客は耳をふさぎます。まるで次々に身体化した様々の音楽をノイズに溶かしていくような演奏から、シーザーが突然にギターを床に置いてマイクスタンドで弦を踏みつけ、フィードバックで介入、さらに軋むようなメロディを弾き始めて音の中にすべてが消えていくようでした。

 

最後は、大友さんとディノが、ノイズで向かい合います。大友さんはすでに加速度がついていたスピードで、どんどん色々な音楽を、けれどノイズに変えていくように進めていく。一方でディノは超高音から始めてちょっと戸惑っているように見えたのは最初だけ、次第に層が厚みを増して自由に、けれど制御されて動き始め、途中からコミュニケーションが成立しているかのような光景が広がりました。ノイズでコミュニケーション? いや、見ながら思い出していたのは、解体的交感、という言葉でした。この言葉は色々と文脈がありますが、これまでの様々のものが解体され、表現さえも解体されていくような中で交感ないし交歓がおこなわれている、これはノイズの表現だけに可能なものかもしれないし、あるいはノイズだけれども即興でもある二人にしか可能でないのかもしれない。言葉もメッセージもノイズに溶けて、けれどそこにさえ個性のある二人の交感がそこにあったように思いました。

 

そのような感じで、それぞれの参加者が、それぞれの持っているものを自由に展開して、それを目の当たりにできたという、とても充実した企画だったと思います。

 

 

注1

最後の演奏は、いろいろと感じ入るところがありました。特にここ最近、ノイズの意義をあらためて表明している大友さんの最新のノイズ演奏である(たぶん日本では、まだやっていないのではないでしょうか。また日本だとどうしても大きいスペースになりがちで、場所のサイズも観客と近く、興味深かったと思います)という点でもそうですし、またディノとのパフォーマンスはさらに素晴らしくて、台湾に来てよかったと思いました。

ちなみに理解しているところでは、台湾では90年代の民主化(それまで軍事体制が続いていました)で急速に文化がかわり、そのときに最前衛のものとして「ノイズ」が導入され、独自の解釈とともに展開していたとされます(日本の60年代のフリージャズに似た性格であろうと理解しています)。そのさい、ただうるさいというだけでなく、よりパフォーマンスや伝統芸能の荒々しさも解釈で加えられた独自のものになっており、そこから現在ではメディアアートやパフォーマンスアートと交差する新世代も登場しているようです。この辺りが大変に興味ふかく、前回に触れたシェリル・チャンもそうですし、ツ・ニもその一人でしょう。

ちなみにノイズ第一世代であり、台湾のノイズをこのように展開させた人物の一人はリン・チーウェイで、彼はこの企画の2日前のFENツアーに顔を見せ、大友さんと20数年ぶりに再会したところを目撃しました。伝説的な人物で感動です。

 

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リンさんと大友さん、20数年ぶりの再会

注2

ここで出てきてる、ギタリストのJAシーザー・リンは、いまの台北ノイズシーンで活躍している人物で、とくに2年前ぐらいから録音機器を導入し、様々なレコーディングを行ってシーンを支えてきました。ディノの先行一車からのアルバムなどもそうです。

一方で、セント・スロース・マシーンというプログレバンドを組み、最近は、ついに自身もノイズ=インプロの技法に手をつけ始めて、いくつかライブをしています。2週間くらい前には、ようやくソロの演奏を行い、ハードなフィードバックからメロディを打ち出していく重く悲しげな演奏を行って、自分の個性を見出し始めています。

その彼は、実は仕事の都合で、この9月からマレーシアに移住することになっていました。つまり、この企画は、彼にとっての台北で最後のライブになります。もちろん、このことは僕は知っていて、だからこそ見に行ったというところもあるわけですが、長らく大友さんのノイズギターに憧れ、影響を受け、それでも最近は自分の技法を探り始めた彼が、けれどここ数日のFENでのライブでは今ひとつの感触だったことも知っていました。

ですので、大友さんが、彼の眼の前で爆音ノイズをかなで始めた瞬間、シーザーがハッとした表情で顔を上げ、そのまま固まっていた姿を見て、それを忘れることができません。そしてそこに自らも参加し、荒々しい響きの音楽を始めた時、ある感銘と、ついに一人の個性ある音楽家が生まれたのだという奇妙な確信をもちました。今後の活躍が楽しみです。

  

注3

この企画のお客さんの中には、FENのユエン・チーワイとヤンジュンがいました。ヤンジュンからは、前日のFENについてfbで書いたものにコメントをもらっていたので、初めてここで挨拶ができました。そうしたら、その夜に連絡が来て、明日ライブがあるのだが来ないかと言われました。場所はディノの家。そして翌日、花崎さんとお茶をしたあと、一緒にディノの家でライブを聞きましたが、その話はまた後日。

  

注4

ツイッターで、同じくこの企画を見ていた方から、このときのシーザーの演奏についての指摘がありました。それは、彼が弾いていたメロディが、「見上げてごらん、夜の星を」だったのではないか、グランド・ゼロの「Plays Standards」ではないか、というご指摘がありました。

見上げてごらん夜の星を」はご存じのとおり1963年、永六輔作詞、いずみたく作曲で、坂本九が歌った名曲ですが、2000年の大友さんがやっていたバンドGround Zero のアルバム「plays standards 」がカバー、バンド解散コンサート(アルバム「融解ギグ」)でも演奏され、最近もあまちゃんコンサートで薬師丸ひろ子さんが歌われています。シーザーが反応しているのはこの流れ(とくにGround Zeroのカバー)で、僕自身はシーザーがノイズ演奏を始めた時点でじつはひそかに涙が出そうになっており、うつろにメロディをおさえていましたが、確かにそうであったように思いました。

これは翌日お会いした花崎さんと話しながら、花崎さんがその場でシーザーに連絡をとり確認しました。彼からは、このメロディは、すでに花崎さんとのパフォーマンスでも弾いており(!)、それは彼自身にとってこの(危機の)時代に必要なメッセージであり、また、ながらく影響を受けてきた大友さんへの感謝のメッセージでもあったということが言われていました。あらためて、彼が優れた音楽家であることがわかるメッセージであろうかとおもいます。

しかし、それだけではありませんでした。そのときは、なんとなく納得して、イベントを振り返ったりしていたのですが、さらにこの夜に、シーザー本人がfbにこのことを投稿し、真摯で率直なメッセージに、静かに感動しました。さらに、ここに寄せた花崎さんのコメントでは、彼女自身にとってこの曲のもつ別の意味が書かれていました。じつは大学院の修士課程で311を体験し、アクティビズムに入り込んだり、そのイベントで大友さんを招いたり、そしてただ賛成と反対だけを主張するメッセージに疑問を持ちながら色々な人と交流していく道筋を模索したり。大友さんは盆踊りなどへ行き、花崎さんはそれを横目に台北で御殿を立ち上げ、今に至る。そのいくつかの道筋の原点にあるのは震災であり、そのときによく流れていたのが「見上げてごらん夜の星を」なのだ、と。だからこの曲は、自分の原点を思い起こさせるものなのだと。いくつもの、からまった糸が、この一つのメロディから解きほぐされていくような想いで、そのコメントを読みました。

 

このイベントが、どのような意味があったのか、成功だったのか失敗だったのかは僕にはわかりません。けれど、その中に、なんといくつもの道が、交わり、こんがらがって、ときほぐされたのか。それを見て、そこに立ち会うことができて、とても幸運な思いです。あえて言えば、大きな歴史とは違う、個人的な歴史と思いが結びついて花開いたような。とても小さな場所で、小さな出来事ですが、このような意味で、この夜はとても貴重な、とても稀有な日であり、そのように記憶されることでしょう。

 

 

 

 

 

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